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日本での漢方薬の歴史

日本での漢方薬の歴史

日本に中国医学が伝わったのは奈良時代のこと、仏教を広めるため、失明しながらも日本への渡航に挑戦した鑑真が薬草の知識を伝えました。

また鑑真は、日本にあった生薬の鑑定(かんてい)や使い方の指導も行いました。
当初は中国のやり方そのままの治療が行われていましたが、日本と中国では気候や風土、国民の体質など異なっている点もあったため、しだいに日本人に合わせた漢方医学へと発展しました。

奈良・平安時代には貴族など階級の高い限られた人だけに使われていた漢方医学ですが、室町時代以降には一般の人たちにも広がり、江戸時代には多くの医師の活躍で漢方医学も大きく発展しました。

特に、江戸時代中期に吉益南涯(よしますなんがい)が発表した「気血水理論(きけつすいりろん)」という考え方は現在の日本漢方の考え方の基礎となりました。

江戸時代の末期には西洋医学も伝えられ、紀州(和歌山県)の医師である華岡青洲(はなおかせいしゅう)は、生薬から開発した全身麻酔薬で乳がんの手術を行っています。

明治時代に入ると、文明開化のため人々の生活もがらりと変わりました。
国は経済力と軍事力の発展のため富国強兵策をとり、一度にたくさんの人の治療や病気予防、戦場でのケガの手術ができない漢方医学を排除しようとし、漢方医の数はすっかり減ってしまいます。

しかし、昭和に入り長かった戦争もようやく終わったころ、大塚敬節(おおつかけいせつ)や矢数道明(やかずどうめい)らの活躍で漢方医学も少しずつ復活してきました。
やがて人々の目はまた漢方へと向き始め、昭和40年代には病院や薬局でも漢方薬が広く取り扱われるようになりました。

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